ショートアニメーション千夜千本

短編アニメーション作品を紹介してゆきます。まだ見ぬ作品に触れる機会にして頂ければ幸いです。

『Clade over 〔クレード オーバー〕』機能美p【35夜目】

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「キネティック・タイポグラフィ」と銘打たれた、文字を画面に大胆にあしらう作風で観客を熱狂させる機能美p。昨日紹介した傑作『月は無慈悲な寄席の女王』の翌年、機能美pは早速、新たな挑戦を企てる。

『Clade over 〔クレード オーバー〕』で描かれたのは、一転して叙情的な物語だった。荒野、扇風機、風車、風見鶏。空の向こう、そして風……。機能美pの持ち味であるコミカルさは十分に生かしながらも、セリフを排した内容で*1、オフライン上映イベント・FRENZに集った観客を釘付けにした。

色数が絞られた、非常に大胆かつ記号的なフォルムのグラフィック。前作で主役だった「キネティック・タイポグラフィ」の使用を絞ることで、この作風の本当の正体がよく解った。それはつまり、ごくごく古くから伝わる……影絵アニメーション、もしくはコメディアンが演じた白黒映画……。そのような、とてもプリミティブな、いにしえの映画的感動がそこには再現されていたのだ。実はすごく、すごく王道で、なおかつ映画的なことをやろうとしているんですよね、機能美pって。大胆な画面分割、明暗がくっきり分かれる演出……それもまた、とてもビッグスクリーン向きの演出だった。『Clade over 〔クレード オーバー〕』は、昔からずっと残っていたような、名画のそれのような趣きが感じられたのだ。

とはいえ、この作品。FRENZ2013というイベントでたった一度上映されて以降、ネットにもアップされることなく、現在まで事実上の封印状態となってしまっている。このサムネも、2015年初頭に発表された「謹賀新年画像」から拝借したものだ。またこれが見られるようになれば……いいな。

*1:確か……笑

『月は無慈悲な寄席の女王』機能美p【34夜目】

さぁ、とんでもない一本を紹介しよう。

この作品を最初に教えてくれたのは、ひらの君だ。「これ見たことある?絶対好きだと思う」と、LINEか何かで送ってくれた記憶がある。後で調べたら、その年初めて僕がFRENZ2012という上映イベントに出展したとき*1、別のプログラムですれ違っていた作品だと解った。

始まりから、見たこともないような映像。巧みに引き込まれる冒頭。<キネティック・タイポグラフィ>と銘打たれた、ぶっとい明朝体の文字がセリフ代わりに画面を埋め尽くし、創作落語家の「とある噺」が展開してゆく。文字を読ませるテンポは巧みで心地よい。映像だけでなく、楽曲もまた機能美pによる手作りだ。全編を彩るスピーディーなテクノサウンドも世界観構築に一役かっている。寄席の拍手からハンドクラップに移行する所なんてたまらない。

見事なのが、「噺」としていちいち上手でめちゃくちゃ面白いというだけでなく、非常に映画的な感動もある作品だということだ。画面を分割する派手なアニメート、記号的であることを存分に生かしたアイデアの数々、実は非常にハリウッド的な脚本構造になっているストーリー、ちょうど作品の半分でリフトオフするロケット……。回想に入るところも、そこから抜けるところも非常に自然で、センスを感じさせる。隅々にまでクスリとなるようなネタが仕込まれていることも素晴らしい。新鮮な驚きと興奮に満ちた、圧倒的といえる名作だと思う。

機能美pは、このような、他のどの作品にも似ていない、オリジナリティに富んだフォーマットを駆使し作品をリリースしている。スタイル上、15分から20分を越える長い作品が多いのも特徴だ。なのでだ。特集上映とかが出来るのだ! 北海道出身ということなので、ぜひ北海道で機能美p(さん)の特集上映とかして欲しい……。このあと紹介する作品もそうなのだが、非常にスクリーン映えする、お客さん映えする作品のオンパレードなので……。

とはいえ、機能美pをまず1本楽しむとしたら、間違いなくこれです。

……け!

*1:そのとき出展したのが『荒波 -LOVE LETTER-』

『動物園(いきたいところ)』(作者不詳)【33夜目】

あ!あった。14夜で取り上げた作者不詳の『banging the drum』の作家さん、YouTubeチャンネルをみつけたぞ。おそらく作り手が同一人物と思われる作品が、もう一本だけ出てきた。タイトルは動画情報によれば『動物園』とあるが、作中では『いきたいところ』と表示されている。

動物がモチーフ、という点では『banging the drum』と同じだが、こちらは一転してモノトーンで絵が表現されている。意図的にしているのでなければ、マスターデータはたぶんDVテープだ……少し昔の作品独特の色味のにじみがある。動物園で迷子になる女の子のお話。音や、影や、記憶や、気配をとらえたような内容で、空白部分に不思議とやわらかな「色味」を感じさせる作品だ。突然、死のモチーフが出てきて、びっくりしてしまうけれど……。

また出会えて良かった……。やはり作者は、美術大学ないしその辺のカルチャーを少なからず吸収した方なのだろう。東京の美大出身かもしれない。エンドクレジット、本当はこの後に続いているはずだが、どうやらアップロードする際に切り落としているっぽいかな。

『サラリーマンNEO Season3 オープニング』青木純【32夜目】

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青木純は、卒業制作となった『スペースネコシアター』以降、商業制作、公開制作やワークショップなどで新たな作品を重ねてゆくことになる。その中から、僕が特に好きな作品を一つ挙げる。

インターネットではもう見れないのだが……NHKのテレビ番組『サラリーマン NEO』のオープニング映像として作られた作品。今こそありふれるようになったが、いわゆる「レトロゲーム」を次から次へとパロディにした内容で、そのテンポも、一つ一つのネタも、ばかばかしいったらない。何しろそれらの主人公が全部、サラリーマンになっているのだ! 単なるパロディを超えた、平凡な人々の、まるでゲームの中みたいなバトルだらけの毎日への示唆、まなざし。『走れ!』から脈々と続く、青木純イズムにあふれた内容だと思う。

ありふれた人生を走り抜けたり、アパートの隣人に怯えつつも生活を重ねたり、奈良の鹿をいじめて逆襲にあったり、絶対にコタツから出たくなかったり、日曜日に特に興味もないのにダラダラとテレビを見ていたり。そんな「主人公じみていない」、決してヒーローでもヒロインでもない人々の、実に何気ない風景を極上のエンターテインメントへと昇華させてしまう。この作家の手腕やメッセージは、今も色褪せるものがない。

それにしても、これもう一回見れないものだろうか……。

『将棋アワー』青木純【31夜目】

あなたがもし「アニメーション」を作りたくなったならば、まずどんな内容のものを思い浮かべる? キャラクターが動きまくるバトルアクション? 瑞々しい高校生たちの引き裂かれるような青春劇? 重厚なストーリーが展開する近未来SF? それとも寝静まった夜に動き出したくるみ割り人形たち……?

ベタな例えを出しおって、と思われるだろう。けれど、アニメーションの常識からのみで、ここからの「ズラし」を思いつくことは結構難しい*1。いきなりやりたい企画があって、どうしようもなくアニメ制作にのめり込んでゆく人間ばかりでも、確かにないと思う。そういう場合……ありふれているけれど、そこからまず抜け出す発想法の一つに、こんなものがある。……「自分が“アニメ”以外に好きなものとは何だろうか?」。

それを組み合わせた、最高の結果のひとつがこれだ。非商業だから、ショートフィルムだから、アニメーションだから、この絵柄だから……成立していることは沢山ある。けれど一番のポイントは、やはり題材選びの巧みさなのだと思う。ここで「将棋」を選んじゃうのが、より正確には「将棋中継」を選んじゃうのが、この作家の強烈な個性だったのだ。いろんな作品があっていいのだ。当たり前のことだけれど、この作品の登場は、とても多くの作家たちの発想のレンジを広げたと思う。だから、ぜひ見ておくべき作品だ。もちろんこれ以前も、これ以後も、個性的な作品は沢山あるけれど……。

タイトルの『将棋アワー』が実にうまい。この作品のキモは、対戦相手がロボットであることでも、と金を必殺ビームで焼き切ってしまうことでも、角田信朗のそっくり人物を登場させていることでもない。誰もが知る、あの番組独特の「間」を忠実にパロディにしているところなのだ。あの「間」をアニメーションに置き換えた途端、こんなにも異様でたまらなく笑えるものになってしまう。だからタイトルが、『将棋“アワー”』なのだ。

*1:もちろん、やるけどね!

『コタツネコ』青木純【30夜目】

出ました! 青木純の代表作。どてらを着た猫が六畳の和室でコタツに座っている。という謎の絵力もさることながら、可愛らしいタイトルとのギャップが激しい冒頭のインパクトたるや、すさまじい。青木純のどの作品もそうなのだが、音の演出がこの作品でも実に見事だ。大音量のヘヴィメタ、デスボイス、からの大袈裟すぎるドカーン!バシーン!的なSE。「何!?何が起きたというの!?」と観客の頭は最初っから混乱しっぱなしだ。次に気持ちが追いつくころには、もうミカンも急須もありえないくらい宙に舞っていて、リモコンはコタツネコの手にすっぽりと収まっている。ボタンを押すときの小さすぎる動きもギャップを生んでいていい。スタッフクレジットの早すぎる出かたもたまらない。「そ、それだけかよ!」。

丁寧に作られたセットは所帯じみた空気感があって、日本人なら馴染み深い風景だろう。抑えられた色味もいい*1し、ガラス戸の奥に見える小道具も芸が細かい。そして何より、このキャッチーすぎるストーリーがたまらないのだ。この「あるある!」は老若男女問わず通用するし、決してアイデアだけに留まらせず、エンタメに富んだ演出に向けて知恵が絞られているのも素晴らしい。難しいことを考えずに、これでいいんだよ、と思える。青木純という作家性をたった1本で映し出したような秀作だ。

*1:特に、ふすまの濃い青のラインが好き。

『奈良鹿物語』青木純【29夜目】

青木純の作品を観ていて思うのが、制作期間的な制約から、ちゃんと中身を縛って、それをストーリーにも確信的に反映させていることだ。『走れ!』『テレビ』『Apartment!』は、実は制作期間もとても短いし、ワンカットもの、最小限カットものの作品になっている。技術面でも最小限のリソースしかない状態で、きっちりとスキの少ないものに仕上げているし、アイデアや演出で手数の少なさをカヴァーしている。青木純が「自主制作アニメ」の必須図書である理由はそこにもある。自分ひとりぐらいしか頼れない状態で、どんな作品に仕上げていくのか……そのコストパフォーマンスがとてもうまい作家なのだ。

そんな中で、これらのフィルモグラフィーに続けて制作された『奈良鹿物語』は、初めて青木純がしっかりと自分の絵で、カットを割った作品になっている……のだと思う。僕が見落としていなければ……。それぞれの作品で試み、そして鍛えたノウハウが少なからず生かされている作品だ。他のものと比べるとちょっと存在が地味かもだけれど……。

『Apartment!』青木純【28夜目】

「アパートもの」は、わりかし学生が思いつく中では「あるほう」の作品だと思う。自分が卒業した代も含めて、他にも数作品見たことがある。こういう作品が往々にして弱くなってしまうのは、「主人公が不在」になりがちだからだ。結局、主人公を決めきれないから、アパートを定点観測するようなオムニバス的な作品に手を出してしまう。青木純は、まずは主人公が引っ越してくるところから始めたこと、そして最後に小さなカタルシスを持ってきたことで、それを解決している(ちなみに、『コーポにちにち草のくらし』も「アパートもの」ですね)。

うまいのが、どれも匂わせ方を「やり過ぎていない」ことだ。女の子への伏線も最小限だし、昼と夜で違う表情を見せる住人にも、毎夜ケンカが絶えない住人にも、主人公はほどよい距離感を作っている。その様がこの物語に、何か一つ希望のようなものを紡ぎ出しているのだ。互いに不干渉な「冷たい」社会……なんてことを言わずに、なんだかんだで互いを少しづつ許し合いながら、毎日が続いてゆくことを描いている作品だと思う。背景二枚、歩く作画も少しづつ、という比較的低コストな中で、しっかり丁寧にする部分は作り込まれているところもいい。

あのおじさん、いつ寝てるんだろう……。

『テレビ』青木純【27夜目】


このブログでも必ず時間を割いて紹介することになると思う、歴史的傑作――『ホーム』から数ヶ月後、青木はひとりで再び人形アニメーション制作に乗り出す。アイデアは極めてシンプルだった。ワンカットでみせる、「テレビの中に閉じ込められてしまった男」……。

秀逸なのは、やはりテンポがいいこと。実際には、カメラのレンズに頭をぶつけているはずがないのに、効果音でそれを補強しちゃんと伝えているので、結果的にこれがリズムを作り出している。映像としても、「人形アニメーション」という、必ずカメラのレンズを意識せざる終えない環境で作ることに、作劇上の一種の必然性があるのがうまい。わたしたちがのぞいているこのカメラのレンズすらも、一種の「入れ子」になっているのだ。

この作品は特に……だけれど、ウェブサイトに詳細なメイキングが載っているのも嬉しい。ちゃんとこういうのを残しているのが素晴らしいです。

『走れ!』青木純【26夜目】

「これからまだ記事を975本も書くのに、もう青木純か!? 早すぎるんじゃないか!?」的なツッコミ、ようく判ります。でもだめだ! とにかく手をつけないと始まらない……。とっておいてもしょうがない……。

青木純が「自主制作アニメーション」の王道であり、もしかすると象徴みたいな存在であることには、いくつかの理由がある。東京藝術大学デザイン科出身という「美大」の流れを持つキャリアでありながら、誰に見せても「楽しんで」もらえるポップさを持ちあわせ、一緒に親しみを持てる絵柄を操ることができて、同時に一種の「マニアックさ」すらも併せ持ち、最近ほんとこれが重要なんだなって思うようになったんだけれど、どの作品にも「皮肉」のセンスをしっかりと身につけていること。……だからと言って青木純ばっかり真似してもしょうがないのだが、とにかく10年前、「自主制作アニメーション」のスター選手だった存在を「昔の作品だ」なんて思わずにちゃんと見ておいたほうがいいと思うのです。僕は口うるさい先生か!? ごめんなさい!!!

『走れ!』は、青木純の処女作。大学の課題制作で作られたものらしく、ゴールデン・ウィークをつぶしながら制作に時間をあてたという。青木にとっては、絵を動かすことも、絵コンテを描くことも初めてだったらしい。ホームページにアップされているメイキングギャラリーを眺めてみると、そもそも何コマで動きを描くか……的なところから模索している様子がわかる。2003年は、ちょうど学生たちにフォトショップやアフターエフェクトが確実に出回り始めていた頃。もっと言うと『ほしのこえ』が完成する年。だから「フルデジタルアニメーション」であるというだけで、それは十分うりの一つだったのだ。

けれど、この作品はそんな「作り手の手間」をまるで感じさせない。わずか30秒。赤ん坊がダーッと駆け出した瞬間から、笑っちゃうような展開が次々と現れる。どの年代にも届くフックがいくらでもある。モーフィングしまくる服装、誰でも吹き出さざるを得ないスライディングベッドイン、やたら長い千鳥足シーンからの電柱ゲロ……。ああ!おもしろい!走り終えた彼の爽やかな表情ったらない。運動会の徒競走みたいな音楽も見事だ。今見返すと、5歳くらいのシーンで90度曲がるのも上手いなぁ。誰でも好きでしょ、これは……。

処女作にして、たった30秒にして、先ほどあげたようなセンスを全てまざまざと見せつけたのだから、やっぱり天才といってよいだろう。この1本だけで消えちゃう作家とかもいたりするのだが、青木はさらにこの後、キャリアを積み重ねて行くことになる。