ショートアニメーション千夜千本

短編アニメーション作品を紹介してゆきます。まだ見ぬ作品に触れる機会にして頂ければ幸いです。

『CROWN』84yen【55夜目】

きのう紹介した『sleepy dance』は2011年、『ちいさい音ダイアル』は2012年に発表された84yenの作品だ。本作はその2~3年後、2014年にオンラインイベント「FRENZ」で発表された。この『CROWN』は100をこえる上映作品の中から、最終日、最終プログラムの大トリに抜擢されたものだ。

間違いなく、作者にとって、集大成のつもりで制作されたものだろう。

冒頭の金管楽器による不穏なノイズ、そしてファーストカットから度肝を抜く強烈な映像表現。ウィリアム・シェイクスピアの『リア王』を下敷きに、年老いた老人のあまりにも圧倒的な自我の世界が描かれる。ひとつひとつのシーンのグラフィックの熾烈さも勿論だし、この、毛細血管ひとつひとつを引き剥がしてゆくようなアニメートの狂気ったら何なのだ。線の一本一本に人間の執念がある。息をすることも禁じられるような、その気迫に窒息しそうになる作品だ。音楽のチョイスも素晴らしい……。これはフルスクリーンで、ヘッドフォン大音量で観ましょう。ぜひ覚悟して鑑賞して欲しい作品だ。84yenの血まみれの執念が実を結んだ、圧倒的な傑作だと思う。ラストもクソかっこいい……。HOO!!!

こういうふうに、映像の細部まで作り込み過ぎてしまって、ネットの動画サイトではブロックノイズだらけでまともに見られなくなってしまう作品の顛末を、ぼくは「水江未来現象」と呼んでいます。

あ。84夜目とかに紹介すれば良かったな。

『sleepy dance』84yen【54夜目】


その奇抜かつユニークなセンスで、日常にひそむ「目には見えない何か」を描き出す84yen。そんな彼が、いわゆるボカロっぽい曲に映像をつけるとどうなるのか? それがこれだ。……本当に、いちいち作品の度に違うチャレンジをしていて、驚かされる。

冒頭こそしっかり「ボカロ」っぽいカルチャーを咀嚼していて、過去の作品よりもずっと「寄せている」なと感じさせられる。そこからまず「壊れる」のは物語……どうも不穏なシーケンスが連続すると、作品は途端に抽象パートへと突入する。そして挿入されるモーショングラフィックス風のノイジーな映像、そして手描きグラフィック、コラージュ、さながら実験映像のようなカラフルな実写パート――実にてんこ盛りだ。そしてそこから、アニメーションはようやく「はじま」ってゆく。

ワンカットごとに収められる情熱や、暴力にも似た壮絶な作り込みが素晴らしい。すげえ厳しいことを言えば、(この作品については)まったく見たことが無い映像では確かに無いのかもしれない。それでも、ひとつの音、ひとつのメッセージ、ひとつのカットに全身全力でぶつかってくる様が、スクリーンを越えて鑑賞者の脳天に突き刺さってくる。規格外の8分半(!)におよぶ「ボカロPV」は、発表当時からニコニコ動画視聴者の度肝を抜いたことだろう。彼の本当の才能とは、実は、ここなのではないか。

……あんまり自分が触れるのは好きじゃないから、あえて上では書かなかったけれど。この作品の発表は2011年9月。なるほど、けっこう明確に「震災後」の作品だな、そういえば。と思う。

『ちいさい音ダイアル』84yen【53夜目】

僕が初めて84yenの作品を観た作品が、これだった。

昨日、おとといと84yenの作品を紹介してきたが、この『ちいさい音ダイアル』の作風には驚かれるのではないか。いわゆる「怖い」演出もなく、コラージュもデジタル作画も使われていない、全編ガチ水彩アニメーション(CG技術は使われているけれど)。やわらかな女の子のキャラクター、多くを描かないミニマムでカラフルなグラフィック、水彩による紙の「よれ」も取り入れた画面づくり……。どれも素敵だ。肩の力を抜いて、じっくりと観てしまう作品だと思う。

ゆったりした時間、静謐な音楽も素晴らしいけれど、何より、描いている“内容”がいい。とても切実で、さびしくて……。水彩アニメーションだなんて、そんな面倒くさい技法を使ってわざわざ描こうとしてるのが、目には見えない「音」という存在そのものなのだ。この世界に確かに在るのに、誰もが目を向けない「何か」を突き詰める――過去の作品との連続性もしっかりとある(ちゃん「芯」のある作家なのだと思わせられる)。ぐっとくるレンジの広さだ。ポストに手を突っ込んで、くるくるしているカットも素晴らしい……。どうしてこんなの思いつけるんだろう?

84yenはこれの制作当時、東京の某美術大学の学生だった。そういう意味では、彼が大学の中でよく見かけていたアニメーションって実はこういうものだったのだろう。アートスクール系としてはマァマァ見なくもない作風も、彼の手にかかると、こうなる。

『はいいろさんは昼がこわい』84yen【52夜目】

今回このブログで84yenを取り上げるにあたり、ざっと代表作を見直したんだけれど、これは今回初めて観た作品。独特の、ダウナーで不気味な、観ているこちらが不安になるような「感じ」を描く84yen。日常生活でなぜか私たちが「目を背けている」ようなものを、えぐいくらい真直線にフィルムから映し出している。鋭い白黒のコントラスト、幅広いシーケンスの選択、1コマづつにまで注ぎ込まれた「動き」へのこだわりも素晴らしい。

ニコニコ動画のコメント欄にも書いてあったけれど、一見不気味な作品なのに、これを観ていてどこか「ほっ」とすると言う人もいるかもしれない。よかった……「目に見えない不安」は、やっぱり存在するんだ、って、ちょっと安心するような感じ。少し、わかる。

といいつつ、『時間が余りまくった若者が、その焦燥感をぶつけようとがむしゃらに作られた作品』というのが真実だったりするのかな。どうだろう? 間違いないのが、84yenが「わりと最初から」身に着けていたこのセンスに、自身で決して溺れなかったことだ。彼はこのフィルムから、その後、さらにさらに大きな飛躍を重ねてゆく。

『走るチルノ』84yen【51夜目】

きのう紹介した杉本と、今日から取り上げる84yenは、共に「うごくクソ画像コンテスト」というオンラインイベントを主催している。時にハイコンテクストで、技術力も要求される「アニメーション」というジャンルに、まるで反旗を翻すような低コスト、無意味、さながら「これを観るのは時間の無駄だよ」とでも言いたげな狂った作品を集めまくるというものだ。これに出展されるアニメは、どれも尖っていて本当に面白い。このイベントに主催者でありながら率先して作品を送り込む84yenは、FLASHからキャリアをスタートさせ、現在に至るまで数多くの作品をオンライン上に発表している。

彼の、その独特の「感じ」が、よく解る一本を紹介する。

音楽との同期もさることながら、じわじわと伝わるこのダウナー感たるや! 多くの人が理由もないのに「怖い」と感じる、あのどうしようもなくフラついた恐怖を、本当に描き出すのがうまい作家なのだ。

もちろん、彼の作品がこれ1本だけなら、さすがにただの一発屋である。けれどこの「才能に見えなくもない狂気」が、鑑賞者の想像を絶するほどの「本物」であることを、そして彼が「この才能」におぼれず、どれだけ作品制作で血反吐を吐くまで戦い続け、自身を革新してきたのかを、これから数日間の更新でじっくりとお目にかけよう。

『映像制作を助けてくれ』杉本【50夜目】

キリ番には大事な一本を選びたい。と思っていたらこれになってしまった。台無しだ。

熱狂のアニメーション上映イベント、「FRENZ」に出場するアニメーション作家・杉本による作品。めちゃめちゃラフな(というか、汚い(笑))絵で、社会人をやりながら趣味でアニメーションを作る憂鬱を巧みに描き出す。すごいのがこのグルーヴだ! 最初こそ丁寧に物語をイントロダクションするのに、繰り返されるシーケンスがやがて混在し、まるでリミックスみたいに、どんどんぐちゃぐちゃになっていく。その凄まじさたるや! 息が出来ないくらい笑いながら見ていると、思いがけず感心させられてしまうほどのセンスの良さなのだ。

もはやこれって前衛だよね? いわば、プログレッシブ・アニメーションだよね。音楽的な映像のセンス、笑わせる力だけでなく、共感させる能力も兼ねそろえた見事な作品。いま知られている以上の方に見て頂きたい内容だ。いやー、すごいね。あばばばばばばばばばばば!!!!!!!!!社会人には無理!!!!!!!!!!!!!

『みゃくみゃく -Drops of Life-』今林由佳【49夜目】

『おにしめ おたべ』を制作した今林由佳の、こちらは二年次作品(大学院なので、二年で修了になる)。『おにしめ~』よりはぐっと内容が「表現」寄りになっているけれど、冒頭、目をとじたままほっぺたをくっつけあう「それら」たちのグラフィックを観た途端から、きっと理屈を越えてときめいてしまうはずだろう。

『おにしめ おたべ』もそうだけれど、これも途中から結構「何を描こうとしているのか」がすぐに判ってしまう。そのスリルや一種のロマン(想像力)を楽しみたい方には、少し不向きな作品かもしれない。非常にゆったりした内容で、途中からまどろんできて、ぼんやり画面を眺めてしまうかもしれない。けれど、どちらも、それでいい。実際と想像の、眠りと覚醒の、そのはざまでも、脈々とわたしや、わたしにとって大切な誰かの身体を、しっかり動かしているのはこの子たちなのだ。

最後の一言がいい。その声があるから、また作品は日常へと還元されてゆく。眠っている間もわたしの中を漂い続けた「なにか」に、この夜も生かされて。……ねえ、あなたへ、「おはよう」。

『おにしめ おたべ』今林由佳【48夜目】


昨日の記事で、久々に『Googuri Googori』を観たら、何となくこの作品も一緒に思い出された。連想ゲームブログです、ここは。

前回に続いて、今度は母と子の対話だ。お台所で、母親の料理を子どもが後ろから眺めている。母親が作っているものが何なのか、まな板の上で切り揃えているものが何なのか、もしかすると娘はまだいちいち把握していないのかもしれない。けれど彼女の目に映る世界には、確かに記憶に留まるような興奮や感動がしっかりとある。そういう瞬間をやさしいタッチで、そして同時に、わくわくするような冒険物語として描き出している作品だと思う。

ある意味、何でもない内容なんだけれど、やっぱりめっちゃいいなァ……。最後に全部煮えてるところで涙が出そうになるな……。鶏もも肉のあのたぷたぷ、ふよふよした感じ、特に「さらに」切り分けるところのシズル感たらない。にんじんがシャキッと切れる所も何度でも観ちゃう。干しシイタケを戻す時間をちゃんと分割しているのもいい……。そうだ、料理って、子どものころ観ていた料理って、確かに、こうだったな。

最後、お父さんを呼びに行くのは、いつだって子どもの役割だ。ととと、と走る直前、シュポッて栓を抜く音がするのは、やっぱりお父さんのための瓶ビールなのかな。

このフィルムもまた「藝大院アニメ」のひとつで、今もバリバリアニメーション仕事をこなす今林由佳の一年次作品だ。「藝大院アニメ」の中でも、さらにキャッチーなほうだと思う。

『Googuri Googuri』三角芳子【47夜目】


東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻、いわゆる『藝大(院)アニメ』は、現在日本のトップに位置づけられるアニメーションの教育機関だ。ベルリン国際映画祭銀熊賞を勝ち取った和田淳を皮切りに、各分野で活躍する数多くのアニメーション作家を、初年度から次々と輩出し続けている。たまたまだけれど、47本目にして、ようやく「藝大院アニメ」の作品を取り上げることになった。

おじいちゃんと孫娘の、声と手触りで交わし合うふしぎな対話。変幻自在なのにどこか(いい意味で)マンガチックで、親しみの持てるキャラクターがいい。指もおてても柔らかくて大きくて、具体的な絵になっていることは画面中ほとんどないのに、何も不安に感じることがない。色も実に素晴らしい……このひとだけの「白」を持っている作家さんだ。

ぼく自身が、おばあちゃんっ子だったから、何か「よくわかる」感じがある。夜遅くに、疲れて寝ちゃってるおばあちゃんのベッドの中に潜り込むあの感じも。お母さんが引っ張り出す勢いで、ちょっと怒ってる感じも。気持ちの中では、あのスピードで自分がシュッと動いている感じも。後半の……彼女の息遣いの感じも。おばあちゃんが寝ていたベッドに、後でひとり身をうずめる感じも。けれど今見ると、少しお母さんの気持ちもわかったりした。止めたくないけど、やっぱり止めるよね……。いつか、このおじいちゃんの気持ちになれる日も来るのかな。

ひとつだけ。こういう作品をパソコンで観るときは、出来ればフルスクリーンにするとよい。多くのアニメーションが、劇映画としてのこだわりを画面の隅々にまで配置している。動画サイトやマルチウィンドウなどで、他の要素(文字だったり、他のソフトだったり、動画サイトの関連動画アイコンだったり)が周囲にあることを想定しないで作られているのがほとんどなのだ。「それって、面倒くさい押しつけじゃない?」と思われるかもしれない。でもでも、もしよかったら、この作品は少なくともフルスクリーンで……。小さな画角ではちょっと伝わらない、画面全体のやわらかなさざなみが泳ぎ出した途端、ああ、そういうことか、と、きっと思えるはずだ。丁寧に作られたアニメーションは、スクリーンという「枠」からまず、しかも一から設計がなされているのだ。

ちなみに、このおじいちゃんの声優さんめっちゃいいな……と初見のとき観ながら思っていたら、クレジットを見て、その正体にひっくり返った記憶がある。特に恩師とかではないらしい。逆にすごいな!!

三角(さん)はアニメーションだけでなく、絵本作家としても活躍している。自主制作では、2011年にも『Mosquitone』というシリアスなアニメーション作品を発表している(けっこう、作風が違う)。たしかどこかで観たんだけれど、記事を書けるほどは覚えていない……また観る機会が出来たら、書きます。

『ポンコツクエスト』松本慶祐【46夜目】


数あるコントアニメーションの中でも、言葉のセンス、そして細かな作り込みで群を抜く『ヤイヤイ森のコミー』の松本慶祐初商業作品であり、いきなり大ブレイクすることにもなった逸品。YouTube、BSでの放送も注目を浴びてはいたものの、これがAbemaTVで放映されるや否や一気に認知度が高まり、すごい勢いで人気作へと駆け上がっていった。

とにかく、この「第六章」を観てもらえばわかる。これだけで『ポンコツエスト』の凄まじさが伝わるだろう。どこか「上品」で愛らしいキャラクター、巧みな美術、言葉のセンスや計算された会話劇の心地よさを『コミー』から引き継ぎつつも、そもそもネタの爆発力が圧倒的に高まっていることをまざまざと感じさせられる。だいたいどの回から見てもめちゃめちゃ面白いのがすごい。『賭博』も『迷宮』も『紅一点』(最後で笑い死にそうになるぞ)もいいぞ。最新話からいきなり観ても、きっと楽しめるはずだ。

キャラクターが増えるにつれて、だんだんキャラのデザインがリッチになりつつあるんだけれど、そのセンスも益々磨きがかかっているような気がする。ほんとに絵がうまい方だ。

クロヌマかわゆす……。