ショートアニメーション千夜千本

短編アニメーション作品を紹介してゆきます。まだ見ぬ作品に触れる機会にして頂ければ幸いです。

『パンク直し』岡本将徳【114夜目】

切り絵アニメーションの超絶技巧職人、岡本将徳の代表作。このトンガりまくった内容に、当時リアルタイムで鑑賞した「界隈ファン」の衝撃は計り知れなかっただろう。とにかく、すごい。まずは無言で鑑賞してみて欲しい。

音楽一切ナシ。(語弊がある言い方だが)ストーリーもセリフも一切ナシ。抽象的なシーンも無ければ、ある意味で「創意に満ちた」具象的なシーンすらもない。ただただ映されるのは、近所の自転車屋の無口なおじさんがパンクを直してゆくその過程だけ。それも、ほぼノーカットで。後輪の空気を抜いたところから始まり、いろいろあってパンクを直し終えると、後輪の空気を再び入れたところでサッとエンドクレジット。以上、である。ただそれだけなのに目が離せない。気づけばどんどんと引き込まれてゆく。思わず見とれてしまうーーおじさんの軽やかな手さばきに、自転車の後輪の意外と複雑なその構造に。見事なのは、「パンクを直す」その工程に実は色々なアクションが含まれていることだ。水に浸して、モーター音の激しいなんかすごい機械が出てきて、と思ったら静かにペトペトと何かを塗って、小さなローラーをコロコロと転がして……。短い尺に、これほどにも多彩な“動き”が込められている。そして作品の三分の一を占めるのは、修理したタイヤを元のリムに丁寧にはめ直してゆくまでの過程だ。ここはワンカットでじっくりと描かれる。その動きに、色味に、息遣いに――たった1分間で、自転車という“モノ”の圧倒的な存在、そして修理工のここまで踏まえて来られた長い長いキャリアが、年月が、鑑賞者である我々を押しつぶす勢いで強烈に立ち上がってゆく。アニメーションはただ淡々と、その「パンク直し」の過程を異常なまでに精密に描き出していただけなのに。

本作のVimeoのコメント欄には、次の言葉が並ぶ。「Beautiful」と。それが全てを象徴していると思う。きっと多くの同年代の作家を嫉妬させ、影響を与え、コンペティションでは「最優秀賞に相応しい作品とは何か」の一種の基準点を作ったのではとすら感じさせる、学生アニメーションのゴールデン・エイジを象徴する傑作。